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ハロウィンの知られざる歴史と「カブ」の物語(第2弾)

イギリスのハロウィン③

イギリス保全協会が守る本来の姿

秋の深まりとともに、街のあちこちにオレンジ色のカボチャが並び、華やかな仮装で賑わうハロウィン。日本でもすっかり定着した秋の風物詩ですが、約40年前、私がイギリス留学をしていた当時に目にした光景は、現在とはまったく異なるものでした。

帰国後、日本に伝わったハロウィンはアメリカ経由のポップでカラフルなものでしたが、本場イギリスで体験したそれは、どこか土の匂いが漂う厳かなものでした。本日は、アメリカから逆輸入された華やかな姿の裏に隠された、ハロウィンの「本来の姿」と知られざる歴史について掘り下げてみたいと思います。

1. カボチャではなく「カブ」だったジャック・オ・ランタン

現代のハロウィンに欠かせないジャック・オ・ランタン(提灯)といえば、お馴染みのオレンジ色のカボチャです。しかし、本来のイギリスやアイルランドの伝承では、「カブ(あるいはビーツ)」の中身をくり抜き、ロウソクを灯して魔除けとして使っていました。

ArtStation - Halloween Pumpkin horror

 アイルランドの民話に登場する「けちなジャック(Stingy Jack)」は、生前に悪魔をだましたことで天国にも地獄にも行けず、悪魔からもらった地獄の火をカブに入れて暗闇をさまよい続けたとされています。

19世紀にアイルランドやスコットランドの人々がアメリカへ大量に移住した際、現地で豊富に収穫でき加工もしやすかったカボチャで代用したことから、現在のスタイルが世界中に広まりました。

しかし、イギリスの歴史的建造物を保護・管理する公的機関「イングリッシュ・ヘリテッジ(イギリス保全協会)」によると、アメリカ流のポップな商業イベントとは一線を画す本来の姿に立ち返り、カブのジャック・オ・ランタンへと回帰しようという動きも見られます。実際にカブを彫ったランタンは、現代のカボチャのような愛らしさとは異なり、どこか生々しく不気味な迫力を放っています。

2. トリック・オア・トリートの原型「ソウリング」

子どもたちが仮装して近所を回り、お菓子をねだるお馴染みの光景。その原型となったのは、中世イングランドの「ソウリング(Souling)」という習慣でした。

当時、貧しい人々や子どもたちが家々を回り、亡くなった先祖の魂のために祈りを捧げる(あるいは歌う)代わりに、スパイスの効いた「ソウル・ケーキ」と呼ばれる特別なケーキや果物を受け取るという、チャリティ(施し)の精神が根底にあったのです。

3. 「公認の無秩序」とリアルな緊張感

第1弾のブログでも触れましたが、かつてのハロウィンは「この世とあの世の境界が薄くなる時期」とされ、一時的に社会のルールが緩む「公認の無秩序(Licensed Misrule)」が許されていました。

若者たちがちょっとした悪ふざけ(Mischief)をする伝統が、現在のトリックの要素につながっていますが、当時はそれがエスカレートして社会問題にもなっていました。そのため、現在ではイギリスを含めて厳格なルールが設けられ、子どもたちは「玄関先にジャック・オ・ランタンが飾られている家」にだけ声をかけるという、お互いのプライバシーや安全を守るスマートな形へと変化しています。

4. キリスト教の「3日間の祈り」という神聖な儀式

イングリッシュ・ヘリテッジが強調するように、本来のハロウィンは単なる1夜のイベントではありません。それは、以下の3日間にわたる神聖な追悼の期間の始まりでした。

10月31日: All Hallows’ Eve(万聖節の前夜祭 = ハロウィン)

11月1日: All Saints’ Day(諸聖人の日 / 全ての聖人を記念する日)

11月2日: All Souls’ Day(死者の日 / 煉獄にいるすべての死者の魂のために祈る日)

かつての教会や修道院を中心に、焚き火を灯して死者を追悼する厳かな宗教的儀式こそが、この季節の本来の姿でした。日本の「迎え盆・お盆・送り盆」に似ていますね。

時代や国境を越えて、ポップで楽しいお祭りへと姿を変えたハロウィン。しかし、そのルーツにある歴史や、今なおイギリスの伝統を守ろうとする人々の営みに思いを馳せてみると、私たちが目にする景色もまた違った深い味わいを持って見えてくるものです。

近いどころか、自宅がそのまま教室に!

コスパ抜群

「近いところでいいかな〜」「安いところでいいよね~」で塾を選んでいませんか?――距離や料金ではなく「英語が伸びる本質」で選ぶ時代へ

テレビCMで、お笑いコンビが出演されている塾紹介サイトのCMを目にされたことはありますか?

「塾ってもう決めた?」「近いところでいいかな〜」

(本当は裏でじっくり厳選している…)

「安いところでいいよね~」

(よし、勝った!)

口ではお互いに妥協しているフリをしながら、裏ではしっかり情報集めをして差をつけようとするあの絶妙な心理戦のやり取り。思わずクスッと笑ってしまうと同時に、ハッとさせられた方も多いのではないでしょうか。

「うちの近くにあって、通いやすいから」

「みんなが行っている近所の塾だから」

「授業料も手ごろだから」

現実でも、多くの受験生や保護者の方が、無意識のうちにこの「距離」や「安さ」を第一条件にして塾を選んでしまいがちです。しかし、賢い人ほど裏で「本当に成果が出る塾」を厳選しています。

距離・安さで選ぶ罠――その授業で本当に英語は伸びますか?

もちろん、通いやすさは大切です。しかし、どれだけ近くても安くても、そこで教えているのが「後ろから日本語の語順に訳しながら読む」という昔ながらの「文法訳読式」だったらどうでしょうか。

  • 「長文を読むのが遅くてテストの時間が足りない」

  • 「リスニングのスピードにまったくついていけない」

そんな悩みを抱えたまま近所の塾に通い続けても、英語の偏差値が劇的に跳ね上がることはありません。大事なのは「近さ」や単なる「安さ」ではなく、「本当に英語が英語のまま理解できるようになる本物のメソッドがあるかどうか」です。

オンラインだからこそ叶う「通塾時間ゼロ」と「本物のメソッド」

当塾は「オンライン授業」を専門とする大学受験英語塾です。

つまり、「近いどころか、自宅の自分の部屋がそのまま教室になる」のです。

通いに要する往復の時間や電車代は一切かかりません。夜遅くに塾から帰ってくるお子様を心配する必要もありません。そして何より、どこに住んでいても、当塾が38年以上にわたって磨き上げてきた独自の「正則・直聴直解法」をダイレクトに受講することができます。

4倍速300wpmの世界へ――本物の英語力を自宅で手に入れる

「正則・直聴直解法」を身につけると、英語を日本語に訳すことなく、ネイティブと同じスピード(会話160wpm/黙読300wpm)で頭からダイレクトに理解できるようになります。

「近いから」「安いから」という理由で選んだ場所で、何年も古い訳読式を続けて貴重な時間とお金を無駄にする必要はありません。最短ルートで一生モノの英語力が身につく当塾のメソッドは、まさにタイパ(時間対効果)もコスパ(費用対効果)も圧倒的に優れた学習法です。

自宅にいながら、全国どこからでも、あなたの英語力を一気に進化させる環境がここに揃っています。

受験勉強で最も貴重なのは「時間」です

単に表面上の「安さ」や「近さ」で選んでも、成果が出なければそれは結果的に大きな遠回りになってしまいます。

本当の「リーズナブル」とは、単に安いことではなく、その価値に見合った価格や時間であること。「正則・直聴直解法」で最短で本物の英語力を手に入れることは、まさにタイパ(タイムパフォーマンス)もコスパ(コストパフォーマンス)も抜群の選択です。

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【英語教育維新②】なぜ日本人は「返り読み」をやめられないのか?

英語教育維新

平安時代の漢文訓読から続く1100年の呪縛を解く

「英語を英語の語順のまま理解しようとしても、どうしても頭の中で日本語に並べ替えてしまう……」

そう悩む受験生や英語学習者は少なくありません。しかし、なぜ私たちはこれほどまでに「返り読み(訳読)」から抜け出せないのでしょうか?

実はその原因は、明治時代の英語教育(150年)どころか、遡ること1100年前、平安時代の「漢文訓読法」の誕生にまで深く根ざしています。

1. 奈良時代は「音」で外国語を学んでいた

驚くべきことに、日本で最初に本格的な外国語(中国語)の専門家を育成していたのは、奈良時代に遡ります。

当時は遣隋使や遣唐使の船に同乗する「通訳官」を養成するため、奈良の都に「大学」が置かれ、生徒たちは現地で通用する生きた中国語の「音」を徹底的に学んでいました。

つまり、かつての日本にも確実に「音声から入る外国語習得(生のコミュニケーション)」の時代が存在していたのです。

2. 平安時代、交流の断絶が生んだ「漢文訓読法」という名の妥協

しかし、その状況が一変します。寛平6年(894年)、菅原道真公の建策により遣唐使の派遣が中止され、中国大陸との公式な交流が途絶えてしまいました。

生きた「音」を聞く機会、そして本場の人間と直接対話する環境を失った日本人は、大きな壁にぶつかります。大陸の高度な知や文学を吸収するため、音の代わりに編み出されたのが、文字の順序を強引に入れ替えて日本語の語順に組み立て直す「漢文訓読法(レ点・返り点)」でした。

この「後ろから前へ戻って読む」という技法は、江戸時代の蘭学、そして明治以降の英学(英語教育)へとそのまま受け継がれました。つまり、私たちが学校で習う「文法訳読式(返り読み)」とは、1100年前に音を失った日本人が生み出し、脳の奥深くに刻み込まれてきた「独自の外国語処理システム」そのものなのです。

3. インターネット時代の今、1100年前のシステムは「足かせ」でしかない

先人たちが文献を読み解くために発達させた「訓読(返り読み)」は、当時は素晴らしい知恵でした。

しかし、インターネットを通じて日本にいながら世界とリアルタイムで繋がり、AIが瞬時に翻訳を行ってくれる現代において、この「脳内変換システム」は時代遅れを通り越して、英語力を縛り付ける巨大な足かせとなっています。

返り読みをしていては、

  • ・ネイティブのリスニングスピードに脳の処理が追いつかない

  • ・長文読解で膨大な情報量を処理できず、時間が足りなくなる

  • ・脳のワーキングメモリが「訳す作業」だけでパンクしてしまう

という壁に必ずぶつかります。

まとめ:今こそ「正則・直聴直解法」という英語教育維新を!

1100年前、音を失ったがゆえに「訳して読む」道を選ばざるを得なかった私たち日本人。しかし、音声インフラが完璧に整った現代において、その古い歴史的呪縛を引きずり続ける必要はもうありません。

「翻訳されたものを後からありがたく受け取る側」ではなく、「英語のままダイレクトに受け止め、主体的に発信し、世界と対等に向き合う側」へ。

学校の授業の仕組みを変えることはできなくても、あなた自身の「英語との向き合い方」を変えることは今日からでも可能です。「訳す」のをやめ、まずは左から右へ英語をそのまま受け止める「正則・直聴直解法」へ。

この正しいステップを踏み出すことこそが、受験という限られた時間を最大限に活かし、難関大の扉をこじ開けるとともに、新しい時代を生き抜くための真の「英語教育維新」なのです。

【英語教育維新①】なぜ日本人は「返り読み」をやめられないのか?

英語教育維新

1100年前の漢文訓読から続く呪縛を解く

「英語を英語の語順のまま理解しようとしても、どうしても頭の中で日本語に並べ替えてしまう……」

そう悩む受験生や英語学習者は少なくありません。しかし、なぜ私たちはこれほどまでに「返り読み(訳読)」から抜け出せないのでしょうか?

実はその原因は、明治時代の英語教育(150年)どころか、遡ること1100年前、平安時代の「漢文訓読」にまで繋がっています。

1. 日本人の脳に染みついた「1100年の歴史的DNA」

平安時代、先人たちは外国語である中国語(漢文)を読む際、語順を入れ替えて日本語として理解するために「レ点」や「返り点」を生み出しました。

文章を上から下へ素直に読むのではなく、「後ろから前へ戻って日本語の語順に組み立て直す」という特殊な技法です。

この技法は、江戸時代の蘭学、明治時代の英学(英語教育)へとそのまま引き継がれました。つまり、私たちが学校で習う「文法訳読式(返り読み)」は、1100年かけて日本人の脳の奥深くに刻み込まれた「独自の外国語処理システム」なのです。

歴史的な「様式美」とすら言えるこのシステムがあったからこそ、先人たちは海外の膨大な知識を日本語に翻訳し、吸収することができました。しかし、時代は大きく変わりました。

2. 現代において、1100年前のシステムは「足かせ」でしかない

インターネットを通じて日本にいながら世界とリアルタイムで繋がり、AIが瞬時に高精度な翻訳を行ってくれる現代において、この「脳内変換(返り読み)」システムは完全に時代遅れとなり、むしろ大きな足かせとなっています。

返り読みをしていては、

  • ・流れるようなネイティブの英語(リスニング)スピードに対応できない

  • ・膨大な情報量の長文読解で時間が足りなくなる

  • ・脳のワーキングメモリが「訳す作業」だけでパンクしてしまう

という壁に必ずぶつかります。AIが翻訳を代行してくれる時代に、人間がわざわざ頭の中で「重たい翻訳作業」をやり続ける意味はありません。

3. 「受け取る側」から「主体的に世界と向き合う側」へ

1100年前の漢文訓読以来、日本人は常に「外国の文献を日本語に直し、ありがたく受け取る側」でした。

しかし、これからの時代を生きる子どもたちに求められているのは、「英語のままダイレクトに受け止め、主体的に発信し、世界と対等に向き合う力」です。

まとめ:今こそ「正則・直聴直解法」という英語教育維新を!

1100年続いた歴史的・構造的な呪縛を解きほぐすこと。それこそが、当塾が目指す「正則・直聴直解法」の真髄です。

語順のまま、音とともにダイレクトに意味やイメージを捉える「正則英語」の回路を作ることは、単なる受験のテクニックではありません。子どもたちを過去の呪縛から解き放ち、新しい時代へ羽ばたかせるための真の「英語教育維新」なのです。

「訳す英語」を終わりにし、英語のまま世界と繋がる一歩を、今日から踏み出してみませんか?

「英語を訳すだけの人」と「英語のまま理解できる人」は大きく違う

車内広告②

今朝、電車の中でふと見かけたこんな広告のコピーが目に留まりました。

「AIを動かせるだけの人と、AIで仕事を動かせる人は、大きく違う」

ハッとさせられる言葉ですが、これ、実は英語学習の本質にもまったく同じことが言えるのではないかと感じました。

ズバリ、『英語を訳すだけの人と、英語のまま理解できる人は大きく違う』のです。

1. 「英語を訳すだけの人」は、脳のメモリが常にパンク状態

学校の「変則・文法訳読式」で育った多くの生徒は、英文を見るたびに頭の中でこんな作業をしています。

(1)単語の意味を引っ張り出す

(2)文法構造をパズル的に解析する

(3)日本語の語順に並べ替える(返り読み)

これでは、脳のワーキングメモリ(作業領域)が「翻訳作業」だけで100%埋まってしまいます。だからこそ、長文を読み終えたあとに「何が書いてあったか分からない」「ただ疲れただけ」という状態に陥ってしまうのです。これでは、まさに「英語に使われている(訳させられている)」状態と言えます。

2. 「英語のまま理解できる人」には、深い思考の「余裕」が生まれる

一方、当塾が提唱する「正則英語・直聴直解法」を身につけた生徒たちはどうでしょうか?

音声学習を土台にして、英語の語順のまま左から右へダイレクトに意味を捉えているため、頭の中に圧倒的な「余白(余裕)」が生まれます。

  • 「ここで筆者はこう言っているけれど、どういうことだろう?」

  • 「次の段落ではこういう展開につながるはずだ」

このように、英文をベースにしながら「知的な思考や推論」を重ねて読み進めることが可能になります。

3. これこそが、正則・直聴直解法「最大のメリット」

単に英語を読むスピードが速くなるだけではありません。

『文章の深部までしっかり理解できるため、難関大の記述式や抽象度の高い論説文でも余裕を持って対応できるようになる』

これこそが、正則・直聴直解法がもたらす一番のメリットです。思考力・表現力を試す近年の難関大学の入試問題において、この「深く理解して使いこなす力」の差は決定的です。

まとめ:あなたはどちらのルートを選びますか?

英語が好きで膨大な時間をかけられる一部の先生方のような「茨の道(ゴリ押しの訳読式)」を、普通の受験生が真似するのは至難の業です。

限られた時間の中で本物の英語力を手に入れ、難関大の入試を突破したいのであれば、「訳す」のをやめて「英語のまま理解し、思考する(正則英語)」へシフトすること。

英語をただの「受験科目(作業)」にするか、自分の世界を広げる「武器」にするか。 選ぶなら、もちろん後者ですよね。

言語習得論から見る「正則英語」の科学

直聴直解

なぜ「耳」を使わないと「返り読み」から抜け出せないのか?〜音声学習が英語脳を作る理由〜

Q.「英語脳は音声学習によって作られる」と言われますが、逆に音声学習をしないと作られないのでしょうか?

A. 結論からお伝えすると、「音声学習を全く行わずに英語脳(直読直解の回路)を作ることは極めて難しく、膨大な時間がかかる」というのが現代の脳科学や言語習得論(SLA)の共通認識です。

なぜ、文字を追うだけではダメで、「音」を使わないと英語脳が作られにくいのでしょうか? そこには、人間の脳の興味深い仕組みが関係しています。

1. 脳は文字を読むとき、頭の中で「音読」している

人間は目からテキストを入れたとき、無意識のうちに脳内でそれを「音」に変換して理解しています(これを専門用語で「音韻符号化」と呼びます)。

  • 音声学習をしていない場合:英語の文字を見たとき、脳内に「正しい英語の音」がストックされていないため、脳はすでに知っている「日本語の音や単語(訳)」を引っ張ってきて補おうとします。これが、いつまでも「変則英語・訳読式(返り読み)」から抜け出せなくなる最大の要因です。

  • 音声学習をしている場合:文字を見た瞬間に、頭の中で正しい英語の音が再生されます。日本語を介さずに、ダイレクトに「意味やイメージ」へと繋がる回路が形成されていきます。

2. 「音声のスピード」が返り読みを物理的に不可能にする

目だけで読むリーディングは、自分のペースで視線を自由に戻せるため、どうしても「返り読み(訳読)」の誘惑に勝てません。

一方、リスニングや音声に合わせた音読は、流れるスピードを自分都合で止められません。「左から右へ、流れてくる順番通りにその場で理解せざるを得ない環境」に脳を追い込むことで、脳は強制的に「直読直解」の回路を発達させるのです。

3. 赤ちゃんが言語を覚えるステップと同じ

人間が言語を習得する自然な順序は、100%「音」が先で「文字」が後です。

学校英語や従来の受験指導で挫折しやすいのは、音の土台がないまま「文字のパズル(文法訳読)」から入ってしまうからです。正しい音声学習を取り入れることで、脳が本来持っている言語習得センサーが正しく働き始めます。

例外:音声なしで英語脳が作られるケース(ただし茨の道)

もちろん、例外がゼロというわけではありません。音声を一切聞かずに、洋書を数百万語〜数千万語レベルで大量に読むことで、視覚情報とイメージを直接結びつけた例も存在はします。英語の先生にはこのタイプが少なからずいます。

しかし、これは圧倒的な読書量を脳に叩き込む勉強が必要であり、一般的な学習者にとっては非常に効率が悪く、途中で挫折する確率が極めて高い「茨の道」と言えます。英語が苦手な高校生の多くはこの罠に陥っています。

まとめ

「音声学習をしなくても、絶対に英語脳が作れない」とまでは言いません。

しかし、文字だけの学習に比べて、音声学習(音読・リスニングなど)を掛け合わせる方が、数倍〜数十倍のスピードで英語脳が作られることは間違いありません。

返り読みを捨て、最短距離で本物の英語力を身につけたいのであれば、音声学習は決して遠回りではなく、まさに「必須のショートカット」なのです。

単なる暗記じゃない!言葉の背景の文化と風土

言語と文化背景

言葉の背景にある「文化と風土」を知る面白さ

英語を勉強するとき、私たちはどうしても「英単語と日本語訳の暗記」や「文法のルール」にとらわれがちです。しかし、言語はその土地の気候、風土、産業、そして歴史といった背景を映し出す「鏡」のようなものです。

言葉の背景にある文化的・地理的背景を知ることで、言語の学びは単なる語学の勉強から、世界を広げる壮大な「知的な冒険」へと変わります。今回は、言葉と環境の面白い関係について考えてみたいと思います。

1. 産業や環境が育む言葉の豊かさ

言葉は、その人たちが日々どんな環境で生き、何に囲まれて暮らしているかをそのまま反映します。

  • ・日本と魚偏の漢字:四面を海に囲まれ、古くから漁業が盛んだった日本では、魚の種類や状態を表す「魚偏の漢字」が数多く発達しました。お寿司屋さんの湯呑みにずらりと並ぶ漢字(鯖、鯵、鰯、鮭、鮪、鮃、鰈、鰆、鰻、鮎、鰌、鱒など)を見るだけでも、私たちの食文化と海や川との深い結びつきが伝わってきます。

  • ・イギリスと牧羊のボキャブラリー:一方、牧羊が盛んで羊(sheep)とともに歴史を歩んできたイギリスでは、羊の性別や年齢(ram:雄羊、ewe:雌羊、lamb:子羊)、食肉として成長段階によって細かく異なる専用の単語(mutton:1歳以上の成羊の肉、lamb:1歳未満の仔羊の肉、hogget:ラムより成長し、マトンほど老成していない中間の肉)などが豊富に存在します。ニワトリや牛、豚などの家畜に関する表現も同様です。

  • 動物と食肉で呼称が違うのはイギリスの歴史と関係があります。1066年のノルマン・コンクエストによる社会構造の変化です。被支配層のアングロサクソン(農民)は生産者、支配層のフランス系ノルマン人(貴族)は消費者になります。アングロサクソン系の農民は羊毛を取るために牧羊し、後にやってきたノルマン人が羊肉料理を食べるので食卓に並ぶ羊肉にはフランス語由来の単語が使われたためです。

2. 「雪」と「色彩」に見る世界の見え方

環境の違いは、ボキャブラリーの焦点を全く違う場所に向わせます。

  • ・氷雪の世界の言葉 年中雪と氷に包まれた地域で暮らす人たち(エスキモーなど)の間では、サバイバルの必要性から「雪や氷」を表す緻密で多彩な単語が発達しています。一方で、色彩については「白」を表す言葉が多い反面、他の色は比較的シンプルだと言われています。

  • ・四季を愛でる日本の色彩感覚 これに対し、豊かな「四季」があり、春の若葉から秋の紅葉まで刻々と移り変わる自然に囲まれてきた日本では、色彩や季節の機微を表す言葉が異様なほど細やかに発達しました。

3. 背景を知ることで、視野は雲泥の差で広がる

「なぜこの単語が存在するのか?」 その背景にある地理や風土、歴史のストーリーを知ると、ただの暗記だった単語が急に生き生きとした意味を持ち始めます。

単にテストのための語学ではなく、「言葉の背後にある世界(文化・歴史・背景)」まで見通せるようになること。それこそが、本当の意味で視野を大きく広げる学習であり、受験勉強の枠を遥かに超えた知的な財産になります。

言葉の奥にある広大な世界を覗きながら、英語を学ぶ楽しさをこれからも味わっていきたいものですね。

神事から商業エンターテインメントへ — 宗教行事の変容

イギリスから発展

神事から商業エンターテインメントへ — 演劇・スポーツがたどった「変容」の歴史

前回、40年前のイギリス留学で体験した「本当のハロウィン」のお話をしましたが、ルーツをたどると「もともとは神事や宗教的な儀礼だったもの」が、時代や国境を越えて全く異なる姿に変容していく例は、ハロウィンだけに限りません。

私たちが日常で楽しんでいる演劇やスポーツの歴史を紐解いてみると、そこには人間の文化の非常に面白いダイナミズムが隠されています。

1. 演劇:宗教劇から大スケールの興行へ

イギリスの演劇も、その源流をたどれば中世の教会で行われていた宗教劇(聖書の物語を民衆に伝えるためのミステリープレイなど)に行き着きます。日本でも、能や狂言などは元々神事であり、古い神社の能舞台で今なお奉納されているように、芸術の多くは「神への祈りや儀式」からスタートしました。

それがイギリスの伝統的な様式美の中で洗練され、やがて大西洋を渡ってアメリカへ行くと、ブロードウェイなどに代表される巨大な「商業的イベント・大衆興行」へと大きな変容を遂げていきました。

2. スポーツ:村の祭事からグローバルなビジネスへ

スポーツの世界も同様です。 サッカーのルーツとされる中世の「モブ・フットボール」は、村と村の間でボールを奪い合う、ほとんど暴動のようなお祭り(宗教行事の名残)でした。それがイギリスのパブリックスクールでルールが厳格に定められ、「アソシエーション・フットボール(サッカー)」になり、さらにラグビー校では「反則(手で持って走る)が面白い」という偶然のハプニングからラグビーが生まれました。(※soccer は Association Football の略です。)

日本固有の武道である柔道も、「柔よく剛を制す」の精神から、オリンピックの正式種目として世界中に普及する過程で、公平性を保つための「体重別階級制」という厳格なルール・システムへと組み込まれていきました。

そして、これらがアメリカへ渡るとどうなるでしょうか。アメフト、バスケットボール、ベースボールなど、大勢の観客を熱狂させ、巨大な経済効果を生む「商業的なスポーツエンターテインメント」へと見事にトランスフォームしていくのです。

3. 「何でも商業的に変容させる」アメリカの力

ハロウィンが古代ケルトの悪魔払いからポップな仮装イベントに変わったように、演劇やスポーツもまた、イギリスで育まれた伝統やルールをベースにしながら、アメリカという巨大なフロンティア市場の中で「誰もが熱狂できる商業的イベント」へと生まれ変わっていきました。

文化が海を渡り、時代や社会の要請に合わせてその姿をダイナミックに変えていく――。 その足跡をたどってみると、私たちが何気なく見ているスポーツや文化の裏側にある「歴史の重み」と「人間の知恵」が見えてきて、とても興味深いものです。

40年前のイギリスで目撃した「本当のハロウィン」

イギリスのハロウィン

今やすっかり日本でも定着した秋の風物詩、ハロウィン????。 街のあちこちでオレンジ色のカボチャを見かける季節になりましたが、この時期になると思い出す光景があります。

それは今から約40年前、大学卒業後にイギリスの英語学校へ留学していた時のことです。当時の日本ではハロウィンなどまったく馴染みがなく、私は現地で初めてその文化を肌で体験することになりました。直後の11月5日にガイ・フォークス・ナイトと呼ばれる伝統的な祭りが大規模で行われるため、どちらかと言うとハロウィンは控えめなイベントでした。

カボチャではなく「カブ」だったランタン

今ではカボチャをくり抜いた「ジャック・オー・ランタン」が定番ですが、当時は違いました。本場イギリスで使われていたのは、なんと「カブ」のランタンだったのです。(のちにアメリカへ文化が渡った際、収穫量が豊富で加工のしやすいカボチャに代わっていったそうです)

夜のイギリスの街角で、カブの不気味でどこか温かい光が揺れている光景は、日本にはない独特の異国情緒を漂わせていました。

日本のお盆とは真逆?「悪霊から身を守る」祭り

日本のお盆は、ご先祖様を温かくお迎えし、感謝と供養をする穏やかな行事です。 しかし、ハロウィンのルーツである先住民の古代ケルト人の収穫祭(サウィン)では、この時期にあの世とこの世の境界が消え、ご先祖様だけでなく悪霊や魔女なども一緒にやってくると信じられていました。

そのため、恐ろしい姿に仮装して悪霊たちを驚かせて追い払ったり、魔除けの火を焚いたりして身を守る――それが本来の目的でした。

現代のようなアニメキャラクターやポップなコスチュームではなく、本来の仮装は恐ろしい悪霊に人間だと気づかれないよう、自分たちも化け物の格好をして身を守る(あるいは悪霊を驚かせて追い払う)ための魔除けでした。古代ケルト人は、動物の皮や頭骨を身にまとったり、顔を黒く塗ったりしていたとされています。

当時は「実戦さながら」の厳戒態勢

現代ではすっかり商業的で穏やかなイベントとしてアメリカからイギリスに逆輸入され、ロンドンなどの大都市ではカボチャのランタンが見られるようになり、日本にもアメリカ経由で入ってきました。イギリスでも今では、アメリカのポップな「仮装祭り」だと勘違いしている若者がいるそうですが、当時はまったく違いました。

子どもたちがいたずらで、玄関のポストや窓の隙間から物や花火などを投げ込むことが社会問題になっており、当日の朝になると家の住人は玄関のポストや窓にしっかりと目張り(テープ)を貼って身を守るのが当たり前でした。(「Trick or Treat!(お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ!)」当時は本当にいたずらをしていたのですね。今では厳しくなって、そんなこともなくなっているそうです。)

外を歩く子どもたちをお菓子で迎えつつも、家の中には霊や厄介な災いが入ってこないようにしっかりと備える。穏やかな仮装パレードの裏側にある、そんなリアルな緊張感と歴史の重みを体感したことは、今でも鮮烈な思い出として残っています。

形を変えて世界中に広まったハロウィンですが、そのルーツにある歴史や文化の背景に思いを馳せてみると、また違った味わいが見えてくるものです。

370年のお祭りと、1,100年の「呪縛」

川越祭り②

昨日まで、隣町の小江戸・川越では「川越祭り」が開催されました。 1648年から始まり、370年以上の歴史を誇るこのユネスコ無形文化遺産の大祭は、今年も約60万人もの人々を魅了し、小江戸の町並みに圧倒的な熱気と伝統の重みをたたえていました。

この絢爛豪華な山車とお囃子の響きに触れるたび、「伝統の力とは本当に素晴らしい」と深く胸を打たれます。

しかし、そのお祭りの最中にふと、ある恐ろしい(そして壮大な)数字について考えてしまいました。

川越祭りの歴史ですら約370年。 では、私たちが学校教育で当たり前のように受けてきた「変則・文法訳読式」のルーツはどれほど古いのでしょうか?

英語教育自体は明治時代以来のたかだか150年の歴史しかありませんが、その源流をたどると、平安時代、菅原道真公の建策により遣唐使が廃止された後に発達した「漢文訓読法」に行き着きます。中国との直接交流が途絶えたため、文字に返点を打って日本語の語順に無理やり訳す――そのサバイバル術として生まれたシステムは、江戸時代の蘭学、そして明治以降の英学へと脈々と継承されてきました。

つまり、私たちが受けてきた英語の勉強法には、川越祭りの歴史の約3倍、なんと「1,100年以上」に及ぶ圧倒的な歴史的蓄積と呪縛がこびりついているのです。

なぜ高校生の英語は「75wpm」から抜け出せないのか?

「外国人と直接話さない時代」に生まれた、文字をこねくり回して訳すためのローカルな翻訳術。 それが1,100年もの間、日本の語学学習の根底を支配し続けてきました。

だからこそ、共通テストが求めるような「リスニング140wpm」「リーディング80分で6,000語(必要処理速度300wpm)」という世界の前で、高校生の平均(75wpm)は完全に立ち往生してしまうのです。1,100年の歴史的呪縛を引きずったままの「変則・文法訳読式」では、現代のスピード感に太刀打ちできるはずがありません。

私たちが目指すべきなのは、訳すことでも、斜め読みの速読をすることでもありません。 武蔵ゼミナールが指導する「正則・直聴直解法」によって、英語のまま塊で捉え、300wpmのスピードでダイレクトに理解する脳への切り替えです。それは、1,100年の古い殻を脱ぎ捨て、世界と自然につながるための必須のステップなのです。

370年の伝統を愛する小江戸・川越の地から、1,100年の歴史的呪縛を断ち切り、本物の英語力を手に入れる。 時代遅れの勉強法に別れを告げ、新しい扉を開いてみませんか?