武蔵ゼミナール
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なぜ日本の英語は「訳す」のか?その驚くべき歴史的ルーツ

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直聴直解

共通テストのリスニング(140wpm)とリーディング(80分で約6,000語)。それに対して高校生の平均スピードが約75wpmにとどまるのは、私たちの語学力不足ではありません。「指導法が根本的に間違っている」からです。

では、なぜ日本人はこれほどまでに「英文を訳すこと」に固執してしまうのでしょうか? その答えは、驚くべきことに日本の歴史のなかにあります。

私たちが長年受けてきた「変則・文法訳読式」のルーツは、古くは「漢文訓読法」にあります。これは、日本独自の外国語受容の方法として、漢学、蘭学、そして英学へと継承されてきました。

平安時代の「鎖国」と、江戸時代の「鎖国」が生んだ弊害

この文法訳読式の最大の問題点、そして悲劇は、平安時代に菅原道真公の建策により遣唐使が廃止され、中国との直接の交流が途絶えた後に発達した読み方だという点にあります。

中国(大陸)との直接の生きた交流がないため、現地の人と話す必要もなく、「文字を見て、返点を付けて、上手く日本語に訳す」という方法を先人たちは編み出しました。

そして、江戸時代も鎖国のためオランダ人との直接の交流がないなか、この「訳す方法」が踏襲されてしまいます。その名残が、明治時代の英語教育にも大きな影響を与え、現代にまで引き継がれてしまったのです。

「直接話さない時代」の遺物を、現代に持ち込む矛盾

つまり、私たちが学校で教わってきた文法訳読式とは、「外国人と直接交流しない時代に、文字だけでも意味を理解するために作られたローカルな翻訳術」にすぎません。

そんな「生きた言葉ではない遺物」にしがみついているからこそ、本物の実用英語や、共通テストが求めるスピード(300wpmの直聴直解法)に全く太刀打ちできないのです。

時代はすでにAIの時代であり、天皇陛下や雅子皇后陛下のように「英語を英語のままダイレクトに使いこなす」ことが求められる国際社会です。いつまでも平安・江戸時代以来の「訳読」という名の呪縛を引きずっている暇はありません。