
英語学習の最大の足かせ「翻訳」を、AI時代にどう攻略するか
今、日本の英語教育界は未曾有の混乱の中にあります。
「AIを使って課題をやってはいけない」「翻訳ツールに頼るな」。現場の先生たちの悲痛な叫びが聞こえてきます。しかし、少し立ち止まって考えてみてください。なぜ、これほどまでに混乱するのでしょうか。
それは、明治以来150年間、日本の英語教育が「文法・訳読式」という、時代遅れの鎖から一歩も抜け出せていないからです。
学校の授業で教師が求め、生徒が懸命に書き出し、評価の基準としてきたもの。それは「完成された美しい日本語訳」でした。しかし、AIの登場により、その「正解」は一瞬にして誰でも手に入るものとなりました。これまで教師が誇りとしてきた「翻訳の添削」という権威は、AIという強力な黒船を前にして、音を立てて崩れ去ったのです。
私は、今の教育現場の混乱をこう見ています。「自ら張り巡らせた『訳読』という蜘蛛の巣に、自分自身で絡め取られ、身動きが取れなくなっている」と。
AIが完璧な訳を出す今、生徒たちが汗をかいて「訳す」ことに何の意味があるのでしょうか? そもそも、「英語を日本語に変換する」という作業こそが、英語習得における最大の足かせであることに、私たちはもっと早く気づくべきでした。
英語を英語のまま理解する。その本質的な力さえあれば、AIの出力に振り回されることはありません。しかし、その「脱・翻訳」への道を、多くの生徒や教師が自ら閉ざしてしまっているのです。
次回は、この「訳読」の呪縛を解くための、武蔵ゼミナール独自の「逆転の発想」についてお話しします。なぜ、私たちは生徒に「訳を見るな」と言うのではなく、「先に訳を見てしまえ」と伝えているのか。その理由を紐解いていきます。(つづく)