
イギリス保全協会が守る本来の姿
秋の深まりとともに、街のあちこちにオレンジ色のカボチャが並び、華やかな仮装で賑わうハロウィン。日本でもすっかり定着した秋の風物習ですが、約40年前、私がイギリス留学をしていた当時に目にした光景は、現在とはまったく異なるものでした。
帰国後、日本に伝わったハロウィンはアメリカ経由のポップでカラフルなものでしたが、本場イギリスで体験したそれは、どこか土の匂いが漂う厳かなものでした。本日は、アメリカから逆輸入された華やかな姿の裏に隠された、ハロウィンの「本来の姿」と知られざる歴史について掘り下げてみたいと思います。
1. カボチャではなく「カブ」だったジャック・オ・ランタン
現代のハロウィンに欠かせないジャック・オ・ランタン(提灯)といえば、お馴染みのオレンジ色のカボチャです。しかし、本来のイギリスやアイルランドの伝承では、「カブ(あるいはビーツ)」の中身をくり抜き、ロウソクを灯して魔除けとして使っていました。

アイルランドの民話に登場する「けちなジャック(Stingy Jack)」は、生前に悪魔をだましたことで天国にも地獄にも行けず、悪魔からもらった地獄の火をカブに入れて暗闇をさまよい続けたとされています。
19世紀にアイルランドやスコットランドの人々がアメリカへ大量に移住した際、現地で豊富に収穫でき加工もしやすかったカボチャで代用したことから、現在のスタイルが世界中に広まりました。
しかし、イギリスの歴史的建造物を保護・管理する公的機関「イングリッシュ・ヘリテッジ(イギリス保全協会)」によると、アメリカ流のポップな商業イベントとは一線を画す本来の姿に立ち返り、カブのジャック・オ・ランタンへと回帰しようという動きも見られます。実際にカブを彫ったランタンは、現代のカボチャのような愛らしさとは異なり、どこか生々しく不気味な迫力を放っています。
2. トリック・オア・トリートの原型「ソウリング」
子どもたちが仮装して近所を回り、お菓子をねだるお馴染みの光景。その原型となったのは、中世イングランドの「ソウリング(Souling)」という習慣でした。
当時、貧しい人々や子どもたちが家々を回り、亡くなった先祖の魂のために祈りを捧げる(あるいは歌う)代わりに、スパイスの効いた「ソウル・ケーキ」と呼ばれる特別なケーキや果物を受け取るという、チャリティ(施し)の精神が根底にあったのです。
3. 「公認の無秩序」とリアルな緊張感
第1弾のブログでも触れましたが、かつてのハロウィンは「この世とあの世の境界が薄くなる時期」とされ、一時的に社会のルールが緩む「公認の無秩序(Licensed Misrule)」が許されていました。
若者たちがちょっとした悪ふざけ(Mischief)をする伝統が、現在のトリックの要素につながっていますが、当時はそれがエスカレートして社会問題にもなっていました。そのため、現在ではイギリスを含めて厳格なルールが設けられ、子どもたちは「玄関先にジャック・オ・ランタンが飾られている家」にだけ声をかけるという、お互いのプライバシーや安全を守るスマートな形へと変化しています。
4. キリスト教の「3日間の祈り」という神聖な儀式
イングリッシュ・ヘリテッジが強調するように、本来のハロウィンは単なる1夜のイベントではありません。それは、以下の3日間にわたる神聖な追悼の期間の始まりでした。
10月31日: All Hallows’ Eve(万聖節の前夜祭 = ハロウィン)
11月1日: All Saints’ Day(諸聖人の日 / 全ての聖人を記念する日)
11月2日: All Souls’ Day(死者の日 / 煉獄にいるすべての死者の魂のために祈る日)
かつての教会や修道院を中心に、焚き火を灯して死者を追悼する厳かな宗教的儀式こそが、この季節の本来の姿でした。日本の「迎え盆・お盆・送り盆」に似ていますね。
時代や国境を越えて、ポップで楽しいお祭りへと姿を変えたハロウィン。しかし、そのルーツにある歴史や、今なおイギリスの伝統を守ろうとする人々の営みに思いを馳せてみると、私たちが目にする景色もまた違った深い味わいを持って見えてくるものです。